宇和島市医師会 桑折 紀昭 (愛媛県小児科医会会報39号掲載) e
メールによる育児相談を目的にHPを立ち上げ1年がすぎた。その間の経緯を、この場をお借りして総括しておきたい。
「立ち上げたきっかけ」
小児科医局での2年先輩であるS氏が、一昨年夏に急逝された。早朝、ご子息から電話があり、
「どうしてもあいつに会いたい」と言っていますので、今日にでも来てもらえないかということで、
とりあえず、急遽、午後を休診にして、松山から羽田への最終便に飛び乗った。
目黒の近くの病院に着いたときは、さすがの暑さも和らぎ、涼風が気持ちよく感じられる時間になっていた。
意識は、時折明瞭になるものの混濁していて、私の到着を「ほんとに良く来てくれた」、と喜んでくれはしたが、
すぐに眠りにひきずり込まれる、といった状態であった。
年が明けて、これまた突然にご子息が宇和島を訪れ、その時の礼と、彼自身の今後のことなどについて話す機会がもてた。
その時偶然、S氏が亡くなったのはHPを立ち上げてまもなくだったことを聞かされた。
HPの存在について全く知らなかった私はさっそく検索したが「STILTON小児科」というハンドル名での登録であったため、
見つけるのは容易ではなかった。まだ、メジャーな検索サイトにも載っていなかった。ようやく探し出したサイトは、
生前趣味とされていた水彩画がトップページを飾っていたが、その目的はまさに「メールによる育児相談」であり、
すでにQ&Aには、S氏らしい外来小児科医としての長いキャリアをふまえた、暖かくユニークな回答がなされていて、
即座にこれを受け継ごうと決心した。
というのも、ちょうどそのころ、外来診療にある種の壁を感じていたし、急務とされてきた少子化対策は
現場を十分理解したものとは思えず、事実、遅々として進まず、小児科医としてとりあえずすぐにでもできる
育児支援のあり方を模索していたからである。
当初、「STILTON小児科」をそのまま私が管理していこうと思ったが、契約等の問題で不可能であることがわかり、
急遽、数冊の指南書を買い込み、その年の4月25日に立ち上げたという次第であった。
「めざしたもの」
小児医療は少子化に加え、疾病構造の変化に伴う外来疾患の軽症化がすでに十数年前から指摘されてきたが、
同時に受療態度、パターンも変化し、必ずしも時間にゆとりができたというわけではない。
経営基盤を固めるため、健診、予防接種等が個別化され(必ずしも経営のためだけではなく、
むしろ本来あるべき姿を追求した結果ではあるが)かえって煩雑で事務的な作業が増え、相変わらず季節的変動にも左右され、
結果、十分な説明はなされぬまま、フラストレーションを医師、患者ともに抱えた状況が続いている。
同時に、少子化が深化するなか、子供と関わりがないまま子供を産む、いわゆる少子化第二、第三世代が増え、
母親自体の育児知識、育児観、価値観さらには医療観が大きく変わりつつあり、医師と育児者の溝はかえって拡がり、
深まりつつあるのではないかと感じている。、核家族化による孤立はもとより、当地のような地方都市においても、
祖父母の役割は、変貌してしまった育児環境のなかではほとんど機能せず、父親の育児参加が言われても、
所詮ただ子供を運んでくる運転手にすぎない場合が多く、当の母親は、膨大な育児情報に振り回され、消化できず、
混乱し不安に陥っている。育児情報は、主として書籍、テレビ、雑誌、先輩などから得るわけであるが、それらの情報源の限界として、
一般的、かつ網羅的であり、病気、育児というきわめて個人的出来事にはそもそもなじまない。
刻々体型が変わる人が、膨大な量の既製品売り場で、右往左往しているに等しい。
これからの小児科医はそうした状況を見据え、後に述べる潜在している需要に応じ、みずから変わらなければならないのだろう。
メール相談の利点はいわゆる電話医療(Telephone Medicine)と比較することによってより明確になる。
@ まず、時間的制約を受けない。相談者も十分考え抜いて文章化できるし、受け取る側も、そもそも緊急な相談を想定していないから、
手のあいたときに、場合によっては文献をチェックしたり、もっと必要な情報を再度送るよう指示したうえでオーダーメイドの回答ができる。
そもそも、電話では個人で24時間対応は不可能であり、電話にでれないこと、あるいは電話でのみの指示自体、
診療拒否ととられうる恐怖が存在する。
A 、電話医療は、ともすればカルテへの記載がおろそかになったり、忘れてしまう。勿論、相談者自身、相談内容を手元に残すことは
考えられない。一方、電子メールのやりとりは自動的にハード内に残り、勿論いつでもプリントアウトできる。
場合によっては、画像を添付することも可能である。
B 先に、医療は個人的なこととしたが、相談内容は当然、ある種の共通点が浮かび上がり、データベース化しておくと、
相手の名前、ちょっとした年齢の差などを差し替えるだけで、迅速、かつ個人的な,さらにそのたびに加筆、修正を加えていくことによって、
より進化した回答を 用意できる。
C 現状では、電話相談は、電話再診料を請求可能で、独立した保険医療行為と認められているが、電子メールによるやりとりは
双方ハンドルネームでも可能であり、責任のない、しかしながらある種のモラルとルールのもとに成り立つ
Social welfare activities と考えている。私自身、セカンドオピニオンとして受け止めてもらえれば、無益な行為にはならないと思っている。
「みえてきたもの」
昨年4月末にUPし、翌5月の連休明けから、アクセスは徐々にアップし、コンスタントに1日2−3件の質問が舞い込み始めた。
当初の見込みとして、
@
外来ではなかなか相談できない些細な,あるいは質問しづらい内容が多いであろう。
A 時間帯は深夜に集中するであろう。
B
とりあえず、ネット普及地域である東名阪から質問が主になるであろう。
C
対象年齢はおそらく0歳児がトップになるであろう。
などを予測していた。
別表(表1〜4)のとおりほぼ予想通り推移したが、いくつかの思いがけない事態も発生した。それは課題として次に述べたい。
質問内容は、いわゆる疾病に関するものは少なく、育児、とりわけ乳児期早期の「取り扱い」に関するものが目立った。
すなわち哺乳に関すること、便に関すること、睡眠のトラブル、泣くこと、発育、行動、同時に、やや年長児では、
外来ではあまり相談としてのぼってこない「ソフトサイン」あるいは「グレーゾーン」、すなわち、発達上の疑問、くせ(指しゃぶり、
爪噛み、歯ぎしり、おしゃぶり、)、しつけ、多動、夜尿、自慰行為、各種アレルギー、予防接種、なかには、
夫婦が子供とベッドをともにすること、ベッドの種類?海外旅行へ連れて行くにあたっての注意、ペットとの暮らし方、
プールデビュー、公園デビュー、など日常生活上の疑問、迷いから、叩いてしまった、愛せない、妊娠中にした事への悔悛、
望まない妊娠まで、いわゆる「虐待の芽」とみるべき相談も含まれ、多岐にわたっている。
孤独な子育てに悩み、46,7%の母親が育児の悩み、疲れから虐待に走ったといわれる。
いいかえれば、いかに医師、看護婦、保健婦、保母、周囲の関係者が従来のパターンでの日常業務では、十分な対応ができて
いないかの証左といえよう。
「課題となること」
@ 予想以上にPC普及速度は速く、あるアンケートでは、主婦の60%あまりが自身で使えるPCを持っていると答えているが、
ほぼ全国から、さらに予想すべき事ではあったが 海外からの相談が含まれ、地域情報を得ていないと答えにくい質問が多々あった。
とりわけ、海外での予防接種制度などは、各国によって異なり、適切に対応できなかったケースもでた。
また、画像を添付して意見を求められる例もあり、解像度などの制限もあり困惑した。
一方、元気になったお子さんの写真を送ってもらって、嬉しい思いもしたが。
A 一方、電話代わりに使うケースもあり、私などよりずっとPCを日常的に使っている方が多いのに驚かされた。
「今、階段から落ちたがどうしたらいいか」「急に熱がでたが病院へ行くべきか」などは メール相談では対応しきれない。
一応、小児科サイトであり、ある程度緊急性は重視しており、i-modeへ転送してチェックしてはいるが、、、、。
B 私の場合、住所、電話番号、FAX番号も記載していただくようにしているが、 当然の事ながら初心者も多く、メール アドレスの
間違いなどで返信できない ケース、一時的なサーバーダウンなどで迷惑をかけたりで、信頼性を失ったケースもあり、
商用サイトでは、深刻な事態ともなりかねず、プロバイダーの役割は今後一層重要なものになろう。
C 先日、医療機関のHP516サイトが厚生科学研究(主任研究員=大櫛陽一 東海大教授)によって検証され7%が
不適切とされた。たしかに、明らかに 集客目的と思われるサイト、すでに廃止されたり、変更された制度がそのまま記載されている例、
迅速に更新すべき 情報が放置されている例、などがあるのは事実であるが、ネット社会は、所詮人間社会と変わるものではなく、
過剰な期待はそもそもすべきではあるまい。インターネット利用者のうち日本で35%、アメリカで65%が、1回以上健康に関する理由で、
Webサイトを訪れている現状で、アメリカでもホームページを持つ医師は10%未満とされ、かつ、メールアドレスを
公開していない場合が多いと指摘されている。たしかに、セキュリティの問題はあるが、こうした患者の相談に応じる「新しい場」を作ることは
必要と思われる。インフォームドコンセントという概念が、形式的な単なる訴訟逃れに転用されないためにも、形骸化を防ぎ、
実効性を持たすためにも、患者さん側に可能なかぎりの医学情報を提供しておかねばならないのである。
すでに述べられているように、HPに情報を求める利用者の多くがセカンドオピニオンを求めているからである。
「おわりに」
すでに、小児科領域に限らず、各科でこうした相談を受けるWebサイトは多く存在しているが、なかには明らかに商用、
集客目的と思われるサイト、残念ながら様々な理由で閉鎖してしまったサイト、回答がいっこうにこないサイトがあるようだ。
とりわけ、小児科の場合、いかにメールといえどもある程度短時間で返答しなければならないという制約があり、
維持し続けることはかなりの困難を伴うが、ネット社会の信頼性を失わせないためにも、また、たしかな需要が存在することに
応えるためにも、より多くの目的を同じくするサイトが開設されることを期待したい。
順位 | 都道府県 | 件数 |
1 | 愛媛 | 66 |
2 | 神奈川、東京 | 44 |
3 | 埼玉、愛知 | 25 |
4 | 大阪 | 22 |
5 | 兵庫 | 20 |
6 | 北海道、福岡 | 16 |
7 | 千葉 | 14 |
8 | 広島、三重、京都 | 12 |
9 | 海外 | 8 |
10 | 総計 | 456 |
以上、2000/7現在(表も)
<参考資料>
外来小児科 vol.1 No.2
外来小児科 vol.2 No.1
愛媛県医師会報 第754号
小児科 Vol.41 No.4
ASAHI Medical 2000 April
ASAHI Medical 2000 June
Medical Tribune 1999 7/8